長野地方裁判所諏訪支部 平成5年(わ)64号 判決 1994年7月01日
主文
被告人を懲役一年に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は、その二分の一を被告人の負担とする。
平成五年一一月二六日付け起訴にかかる公訴事実につき、被告人は無罪。
理由
(犯罪事実)
被告人は、長野県茅野市仲町一七番三三号名取ビル二階飲食店「スナックニュー銀座」の店長を務め、同店の業務全般を管理する者であったが、別表一記載のミミことインテラ・コンチャイほか四名が、いずれも報酬その他の収入を伴う活動をすることができる在留資格を有しない外国人であることを知りながら、同店の事業活動に関し、同表記載のとおり、平成五年五月中旬ころから同年一〇月二〇日までの間、同人らを右「スナックニュー銀座」のホステス兼売春婦としてそれぞれ稼働させ、もって、事業活動に関して外国人に不法就労活動させた。
(証拠)(省略)
(法令の適用)
一 罰条 出入国管理及び難民認定法七三条の二第一項一号
二 刑種の選択 懲役刑を選択
三 併合罪加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も犯情の重いアキことジャンセン・カンチャンに関する罪に加重)
四 刑の執行猶予 刑法二五条一項
五 訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
(
一 弁護人は、本件公訴事実に関し被告人は無罪である旨主張しているので、以下において検討する。
二 関係各証拠によれば、以下のような具体的な事実が認定できる。
1 被告人は、本件で問題となっている「スナックニュー銀座」(以下「本件スナック」という。)において平成二年九月ころから働くようになったが、当時は土屋正一が本件スナックのマスターとして経営にあたっており、被告人は店長として調理、本件スナックで接客にあたっていたタイ人女性らの送迎、時に会計等をも担当していた。
被告人が本件スナックで働くようになった時点では、すでに以下に述べるようなシステムで不法残留しているタイ人女性らによる売春が行われており、働いているうちに被告人も右システムを了解するに至っていた。
2 本件スナックの売春システムは、<1>タイ人女性らは、本件スナック店内で飲食客の接待等を行うが、これらの仕事に対する報酬としては特に支払われず、そのかわり、同女らが飲食客を相手に売春で得た金は、一回につき一万円を店側に入れ、その余は同女らが自己の収入とできる。<2>本件スナックで働くタイ人女性らは、必ずしも出退勤について厳しく規制されていた訳ではなく、むしろ割合自由であったが、本件スナックで同女らが働くにはマスターの承認が必要である。<3>売春の合意は、タイ人女性と遊客が直接交渉して決めることも、遊客からマスターが申込を受けて決めることもあったが、いずれにしても同女らが売春のために店外に出るときはマスター等に断って出ていき、もし、店に無断で売春を行うと一〇万円を罰金として徴収する旨警告されていた。<4>売春料金は、いわゆるショートで三万円、一晩の宿泊で四万円と定められていた。<5>タイ人女性らは、一か所に住み、店への出退勤には被告人が運転する車を利用し、また、性病の検査をある程度定期的に受け、その結果をマスター等に報告する。などを骨子とするものであった。
3 このようなシステムは、前記土屋が本件スナックの経営から離れ、被告人が本件スナックの実質的な経営者と考えられる福田勉またはその妻福田貴子からマスター兼店長として店を任されるに至った平成五年五月中旬ころ以降も基本的には変化はなかった。(ただし、被告人がマスター兼店長になった後は、被告人に売春にはあまり関与したくないとの思いもあったことから、タイ人女性らは自分の判断で飲食客の席につき、売春の交渉や売春料金の授受も同女ら自ら行うことが多くなった点で、従前とは異なっており、タイ人女性が売春代から店に支払う一万円についても、店の会計とは別にして、前記福田勉が組長である暴力団福田組組員森山一成に渡すようになった。)
4 本件で問題となっているタイ人女性のうち、店名アキことジャンセン・カンチャン(以下タイ人女性の名前を二度目以降は店名で表示する。)、店名エミことナタヤ・ノースヤ、店名ミミことインテラ・コンチャイの三名は、前記土屋がマスターとして入店を承諾し、店名リナことカニタ・ヌーイャムと店名ナミことピラ・コンケウの二名は被告人が入店を承諾したもので、いずれも本件スナックで接客等を行う傍ら売春を行い、遊客から受け取った売春料金から一万円を前記土屋または被告人に渡しており、被告人は同女らが性病にかかっているかどうかにつき気をつけ、現にミミがクラミジアという性病にかかった際には、右病気が治癒するまで売春を止めさせたり、リナには飲食客の前では喫煙をしないように指導したりしていた。
5 本件タイ人女性らは、被告人から売春のシステムや接客の際の態度等について直接指導を受けたことは少ないが、それは、同女らが本件スナックに入店する際に、以前から本件スナックにいたタイ人女性らからそれらのついての説明を受けて了解していたからである。
三 以上のような認定事実を前提に、弁護人の主張について考えてみる。
弁護人は、本件タイ人女性らが本件スナックでの接客行為を行っていたのは各自が自己の収入を得るべく売春相手を見つけるための手段としてであり、被告人においても同女らが無料で接客行為をやってくれることが店の営業上好都合であったのでそれを放置していたもので、被告人とタイ人女性らは対等な立場で互いに利用し合っていただけで、タイ人女性らの本件行為を捉えて本件スナックの事業活動に関して不法就労活動をしたとはいえない旨主張する。
弁護人が正当に指摘するように、タイ人女性らにとって本件スナックでの接客行為は売春相手を見つけるための手段と考えられる。そして、そのように考えられるのであるならば、手段たる接客行為と目的たる売春行為をまったく切り離して考えることは不自然であると言うべきであろう。特に、本件スナックでは接客行為自体の報酬はそれ自体としては支払っていなかったのであり、本件スナックにおいてタイ人女性らに接客行為を続けてもらうためには、同女らが店舗内で売春客を見つけ店舗外で売春行為を行うことが必須の条件である。(売春ができないとなれば、同女らは無収入となるから、本件スナックでの稼働を拒否することになろう。)また、本件スナックの飲食客の中には、同女らが売春することを知りつつその相手方になるべく来店する者もあり、タイ人女性らが売春をすることによって、結局は本件スナックの客を増やして収入の増加を図ることにつながるのである。このような点から、システムとしてみた場合、タイ人女性らの接客行為と売春行為は別個独立のものとして切り離して考えるべきではなく、密接に結びついた行為として把握すべきであり、同女らが売春によって得ていた収入も、本件スナックで接客をし、その間に売春の合意を取り付け、実際に売春をするという一連の行為に対する報酬と考えられる。本件において、同女らに接客行為をしてもらうということは、同女らをホステスとして稼働させるということであり、システムとしてみた場合それはとりもなおさず、ホステス兼売春婦として稼働させることと評価して差し支えない。
さらに、本件においては、右売春により同女らが得た金銭の中から一回につき一万円を店側が取得していたとの事実が認められ(被告人がマスター兼店長になった後はこの一万円は前記のとおり森山に渡していたが、同人が本件スナックの実質的な経営者と考えられる福田勉の配下であることを考慮すると、森山に渡していた金は本件スナックの経営と無関係なものとは考えがたい。)、右事実をも併せ考慮すると、同女らだけでなく本件スナックも同女らに売春を行わせることを積極的に意図していたものとさえ言えよう。
したがって、本件女性らは、本件スナックの事業活動に関し、ホステス兼売春婦として不法就労活動を行っていたことは明らかである。
四 次に、被告人が本件タイ人女性らに不法就労活動を「させた」と言えるかを検討する。不法就労活動をさせたと言えるためには、当該外国人との間で対人関係上優位な立場にあることを利用して、その外国人に対し不法就労活動を行うべく指示等の働きかけをすることが必要であろう。しかし、対人関係上優位な立場といっても、優位性に高度なものが求められているとは言いがたく、単に不法就労活動を「させた」と言える程度の対人関係上優位な立場が認められることで足りると解される。
前記認定の各事実によれば、被告人は平成五年五月中旬からは、本件スナックで働く唯一の日本人であり、名実ともにマスター兼店長として同店の使用者側の人間として勤務していた者で、折りにふれて被告人は同女らに接客態度や売春に関しても指導していたものと評価できる(その具体例としては、二の4で摘示したミミやリナへの指示、指導があげられる。)から、同女らに不法就労活動をさせたといえる。
以上により、本件公訴事実についての弁護人の主張も採用できず、判示のとおり犯罪事実を認定することができる。
(量刑の理由)
被告人の本件犯行は、自己が経営を任されているスナックの収入の増加を図るべく、相当期間にわたりタイ人女性らを売春という女性の個人の尊厳を害する行為をも伴うことを承知の上で稼働させていたもので、その責任は決して軽視できず、主文のとおりの懲役刑に処するのはやむを得ない。
しかし、被告人は本件スナックで稼働していたタイ女性らに対し売春を直接強制、強要したようなことはなく、むしろ、同女らは被告人のもとでかなり自由に振る舞うことができたと認められ、また、現在では本件を反省し、転職して二度とこのような犯罪を犯さないと誓っていること、さらには、家庭の事情等も考慮すると、被告人に対しては、刑の執行を猶予するのが相当である。(求刑は、次に述べる売春防止法違反の罪を併せて懲役一年六月)
(平成五年一一月二六日付け起訴にかかる公訴事実につき被告人が無罪である理由)
一 本件公訴事実は、「被告人は、長野県茅野市仲町一七番三三号名取ビル二階飲食店「スナックニュー銀座」の店長を務め、同店の業務全般を管理するものであるが、別表二記載のとおり、平成五年一〇月六日午前零時二〇分ころから同月二〇日午前零時ころまでの間、前後四回にわたり、売春婦であるアキことジャンセン・カンチャンほか三名に対し、遊客田本定義ほか三名を、それぞれ売春の相手方として引き合わせ、もって、それぞれ売春の周旋をしたものである。」というのである。
二 当裁判所は、本件において、売春の周旋とされる具体的な実行行為を認めるには証拠が不十分であるとの結論に達したので、以下理由を述べる。
売春の周旋とは、売春をする者とその相手方になる者の間に立って、売春が行われるように仲介することをいい、売春の成立に向けられた行為でなければならず、また、売春する者とその相手方となる者の双方からの依頼または承諾に基づくことが必要である。そして、そのような仲介行為があれば、その時点で売春の周旋の罪は成立し、現実に売春が行われるか否かは問題とならない。
三 検察官は、周旋の実行行為として、被告人が、本件スナックを営業し、店舗にタイ人女性らをホステス兼売春婦として待機させ、来店した客に対する接客行為をさせた上、あるいは自ら直接売春につき客と折衝し、あるいはタイ人女性をして客と折衝させ、合意が成立したものについては、タクシー等の手配をして店からホテルに送り出すという一連の行為をあげている。(なお、冒頭陳述では、別表二の2ないし4の事実においては、被告人が遊客から直接売春婦の周旋の依頼を受けて売春婦を引き合わせたもので、同1の事実においては、タイ人女性をして売春の交渉をさせたとしていた。)
確かに、本件においては、前述したとおり、タイ人女性らが本件スナックで稼働するのは、まさに売春の客を見つけるためであり、被告人はそのことを了解していたのであるから、売春の仲介行為への同女らの包括的な承諾というものは肯定できよう。そして、周旋には、既に売春をしまたはその相手方となるべき確定的意思を有する両者を引き合わせることは勿論、その男性と女性の一方または双方が直接交渉の上、売春行為の許否、条件を決めるというような不確定な意思を有する両者を引き合せる場合をも含むと解されるのであり、その意味では、タイ人女性らに本件スナックの飲食客を相手方とする売春の意思がある以上、同女らと飲食客を引き合わせる行為が周旋となる余地は否定できない。
しかしながら、周旋行為の具体的な態様を考えた場合、店を開店し飲食客を店内に入れる行為またはタイ人女性らを待機させ接客させる行為を右のような売春の不確定な意思を有する者を引き合わせる行為として売春の周旋に該当するというのならば、本件スナックのほとんどすべての飲食客についての売春の周旋の罪が成立することになると思われる(売春の周旋は、前記のとおり、周旋行為があればただちに周旋の罪が成立するのであり、結果的に売春が行われたかどうかは問題とならないから、開店して客を店内に入れる行為または接客させる行為が売春の周旋というのならば、本件スナックの飲食客は全員店内に入れてもらい、タイ人女性らの接待を受けていたのであるから、飲食客全員について周旋の罪が成立することになりそうである。また、飲食客が入店する際またはタイ女性らの接客を受ける際の、飲食客の売春の相手方になろうとの意思を問題にするのであれば、当該飲食客のそのような主観を被告人がどのように判断するのかが問題となる。本件起訴にかかる売春の遊客に対して被告人が個別に対応してタイ人女性を紹介したり、遊客の席に特定のタイ人女性を座らせるというような、いわゆる客付け行為は行われていないのであり、被告人がどの時点で、どのようにして当該飲食客の売春の相手方になろうとする意思を認識するのか証拠上明確になっているとは言い難い。)が、はたして、売春の行われる蓋然性があると言えるであろうか。売春の周旋といえるためには、単に売春が行われるであろうとの主観的な予測や認識では不十分であり、客観的に売春が行われる蓋然性が存在し、かつ、その蓋然性を被告人が認識していることが必要と解されるのであり、本件スナックの飲食客全員について売春の行われる蓋然性を肯定すべき証拠は不十分である。(被告人の供述によれば、本件スナックの平成五年五月中旬ころから一〇月二〇日ころまでの一か月あたりの飲食客は延べ約二〇〇人から二五〇人であり、そのうち売春の相手方になる者は延べ約三〇人から五〇人だったというのであり、被告人の捜査段階の供述もこれとほぼ同旨であり、これに反する証拠はない。したがって、全飲食客の約二割が売春の相手方になっていたものと推認されるが、その程度の割合で蓋然性があるということはできないであろう。)
次に、被告人が自ら直接売春につき折衝し、またはタイ人女性をして折衝させる行為を問題にする点は、本件公訴事実について被告人が自ら折衝したと認定すべき証拠はなく、タイ人女性に折衝させたとの点は、周旋が仲介行為である以上そのことのみで周旋と評価することは困難である。
タクシー等の手配をして店から送り出す行為は、すでに売春の合意が成立しているから周旋にはならないものと考えられる。
以上、検察官が周旋行為と主張する具体的な行為は、本件において、これを周旋の実行行為として認定するには証拠が十分でないか、または、周旋になりえないものである。
四 しかも、本件公訴事実記載の各周旋日時を考えると、これらは、いずれもタイ人女性と飲食客が売春の合意をして本件スナックから出ていったころの時間であり、その時刻ころに周旋の実行行為とみるべき被告人のどのような行為があったのか主張上も判然としないし、証拠上そのような行為を認めることもできない。
なお、公訴事実別表二の中には、売春代をつけにすることに関して被告人が遊客と対応しているものがあるが、この場合であっても当該タイ人女性と遊客との間では売春の合意が既に成立しているのであり、また、つけについてもタイ人女性の判断でできる(タイ人の一人であるエミことナタヤ・ノースヤの証言によっても、後払いの客を断るかどうかは同女の判断で決まり、店長は何の関係もしていないとされている。)ことだったのであるから、売春の成立に向けた行為である周旋とはいえない。
(五 ところで、前述した出入国管理及び難民認定法違反の罪についての検討の際に、本件スナックにおいては、売春をシステムとして行っていた旨を認定した訳であるが、しかし、具体的な飲食客一人一人についてタイ人女性らが売春をするかどうかはもっぱら同女らにおいて決め、誰が客の席につくか、売春をもちかけるか否か、売春代をつけにすることを認めるかどうか等は、被告人が本件スナックの経営を任されて以降は、タイ人女性らの任意の判断でできたのであるから、個々具体的にみて周旋とは認められない場合があっても、前記認定と必ずしも矛盾するものではないと考える。)
六 以上の検討により、当裁判所は、公訴事実記載の日時に、被告人の売春の成立に向けた具体的な仲介行為を認定するには証拠が不十分であるから、右公訴事実については、犯罪の証明がないものとして、刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。
よって、主文のとおり判決する。
別表一
<省略>
別表二
<省略>